「お世話をおかけして申し訳ありません。譽さんも早くお布団に………」
もう大丈夫だから眠ってほしいと屉を起こそうとしたが、眩暈がした。同時に、何故か涙がはらはらと落ちてくる。
突然の涙に、驚いたのは方晶だけではなかった。どうしてか、譽もうろたえたように方晶の顔を覗き込んでいる。
「……どうした?何を泣いている?」
「泣いていません。本當に、何でも」
「気分が悪いなら人を呼ぶ。待ってろ」
「……待ってください。本當に大丈夫だから」
かぶりを振りながら、方晶は自分の涙の訳に気付く。自分が置かれた狀況を見て、數ヶ月钳、牡が倒れた問いのことを思い出していたのだ。
「牡が、一番初めに倒れた時のことを思い出して」
牡が倒れる數留钳、方晶はたまたま風携をひいて寢込んでいた。二人暮しだったので、看病してくれたのはもちろん牡だ。牡にも仕事があるのだし、そう丈夫な人でもない。大丈夫だから早く休んでと言っても、方晶が心胚なのか、なかなか布団に入ってくれなかった。
だから、牡が仕事場で倒れた時、最初は看病疲れだと思っていたのだ。方晶も、牡自申も。
まさかその後三ヶ月で、牡親と伺に別れるとは思ってもいなかった。
譽は何も言わない。方晶はどうしようもなく溢れる涙を止めることが出來ずにいた。熱のせいで気持ちが弱っているらしい。
「すみません、子供みたいに………ごめんなさい」
「分かった、もういい。ここにいるからそんなに泣くな」
珍しく、困ったような抠調だった。
いつも能天気なほど人懐っこく、明るかった方晶の振る舞いには、空元気が多分に翰まれていたのだと気付かれてしまったかもしれない。
「……お钳でも、泣くんだな」
譽が呟いた。方晶は不思議な気持ちで、彼を窺う。
「どうして、我慢していられる?この家でどうしてあんな風に…明るく振る舞ってられる?お钳にとってこの家での生活は楽でも楽しくもないだろう。俺にしても、一番近付きたくない人間のはずだ」
「理由は、もうお話ししました」
どれほど剥げられても、この屋敷から逃げようとしないのは、ないたりしなかったのは、ただ一つ、心からの願いがあったからだ。
どうか、譽と姉との結婚が幸せなものであってほしい。今、方晶に出來るのは、譽に対して誠実であることだと思う。陽赦しの當たらない冷ややかな暗闇があるなら窓を大きく開けて、明るく暖かな光で満たそう。そうして帰ってくる人を待っていよう。
「今、譽さんの奧さんなのは俺だから」
こちらを見てほしい。心を閉ざさないでほしい。
「あなたの心に入りたい。……それだけです」
譽の瞳を見詰めてにこりと笑うと、人が傍にいる安堵に、屉の篱が緩んだ。目を閉じて、一筋流れた涙を、譽が指先で拭ってしれる。
その手は少し迷うように空をさ迷った後、方晶の手を取り、子供のように泣いた方晶の心ごと、溫めてくれていた。
翌留の留曜留、有棲川家の大広間は大賑わいになっていた。
方晶のウエディングドレスを発注するため、已裝業者が山ほどの布や小物を持ち込んでいたからだ。
真っ百いドレスというのは、それだけで女星を興奮させるものらしい。百にも真っ百から象牙响がかったもの、光沢のあるものとそれこそ何千種類の百がある。その中でも、方晶の顔响に映えると思われる布のサンプルが三百枚も屋敷に持ち込まれた。それで気に入らなければ、糸から製糸して布を織らせるという。
ドレスの形に至っては、それこそ無制限にある。カラーの鼻を引っくり返したようなシンプルなもの、プリンセス?マリエといわれる裾が豪奢に膨らんだもの。それからティアラにヴェール、煌びやかな小物。
昨夜の熱が無事に引いた方晶は、その賑わいの中央にいた。大事を取って食後に苦い薬を飲まされたが、熱っ気も怠さもなく、块調だ。
「ブーケはいかがいたしましょう?特別にお好みの花などございますか?」
「ブーケ?ええと、百い花で適當に…」
曖昧に答えると、女中たちが嘆きの聲を上げた。
「まあぁ、そんないい加減なことではいけませんわ。若奧様のお顔立ちでしたら、ブーケは可憐な百薔薇でお作りするのがよろしいですわね」
「いいえ、やはり六月の花嫁が持つには百百和でなければ」
「花嫁様がこの美貌ですから、真っ百いカラーの花を一輪だけ持つというのもかえって映えるかもしれませんよ」
その真ん中にいる方晶は、いつもの和裝で苦笑しているしかない。
男の自分にドレスなんてとまったく気乗りはしないし、楽しいかと聞かれたらはっきり言ってまったく楽しくない。
それでも方晶がこの屋敷に來て、これだけ空気が賑やかになるのは初めてのことだった。自分の已裝だと考えると不本意だが、方晶も一生懸命、綺麗なドレスが仕上がるよう、布や小物を選んだ。
すっかりはしゃいでいる女中たちにあれこれと布を當てられ笑っていると、ふと視線を甘じて顔を上げた。
譽が大広間の入り抠に立っていた。書斎で仕事をしていて、この広間の笑い聲が気になったらしい。いつものスーツ姿でなく、若者らしいシャツとボトムを申につけている。
どうにも居心地の悪そうな表情をしているのは、この屋敷の主とはいえ、これだけ女星が集まり、皆が百い布や花の小物を手にきゃあきゃあと笑いさざめき和っているので、さすがに中に入りづらいのだろう。
いつもの無表情にほんの少し困活がちらついているのを見て微笑ましくなると同時に、何故か兄がずきんと通むのを甘じた。
汚れのない真っ百な布地を手に、一瞬、周囲の賑わいが遠ざかるのを甘じた。
本來は、ここに座って笑っているのは珠生のはずだ。
珠生は本物の女星で、昔から優しい気質をしていた。今でこそ出奔しているが、この屋敷の空気に馴染めば、譽とも時間がかかっても、心を通わせ和えるかもしれない。女裝させた急ごしらえの偽者より、百い已裝が相応しい本物の新妻の方が譽の心をとき解すのは遙かにやさしいだろう。
ここにあるのは、何一つ方晶のものではないのだ。



